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  • 中村美奈子

「育児留学」のすゝめ(下)

長岡平助さん、内藤絵美さん夫妻(毎日新聞)


 毎日新聞社の社員同士である長岡平助さん(41)と妻の内藤絵美さん(41)はともに地方出身者です。育児休業や時短勤務などの制度を使って夫婦だけで子育てをしています。育休を「育児留学」と考え、自分自身の人間としての成長と重ねていました。後編では、その成長ぶりについても語ってもらいました。(聞き手・中村美奈子=元毎日新聞記者)


 ――今後の仕事に備えての話をうかがいます。報道の仕事は常に新しい題材を探して取材先を広げたり、自分のテーマを深めるために勉強会に出たり、勤務時間外にする準備が結構あります。お二人は現在どうしていますか。

 長岡さん 子どもが生まれてから、取材先と夜のつき合いはほとんどしなくなりました。今はメールや電話でやりとりしています。

 内藤さん 仕事の面でのアップデートは今はありません。それは覚悟しています。仕事と育児とどちらにも力を注ぐと、どちらもつぶれてしまいます。

 そこは深く考えず、今は子どもに集中しているところです。子どもの安定、安心の土台をつくりたい。そうすれば私がフルタイムで復帰しても大丈夫じゃないかなと思っています。


小泉環境相から電話


 ――長岡さんは育休を取った体験を、2回とも記事(署名、顔写真付きの「記者の目」という記事)にしていますが、どんな反響がありましたか。

 長岡さん 1回目の「記者の目」は、初めて育休を取った後、18年1月に社内の人に勧められて書きました。その後、会社が主催する子育てイベントに2回呼ばれて、パネリストとして登壇しました。また「記者の目」の記事がきっかけで、19年11月に開かれた東京都主催の「パパママサミット2019」に声がかかり、パネリストとして登壇しました。

 2回目の「記者の目」を書いたのは20年2月で、小泉進次郎環境相が育休を取るタイミングに合わせて書きました。閣僚の育休取得については法律上の制度がなく、大臣という立場で育休を取ることに賛否両論ありましたが、その人の立場によって育休を取るべきか否かが問われるのはおかしいのではないかと思いました。子どもを育てるというのは、人間本来の営みの一つで、誰にも等しく与えられた権利のはずです。誰かの時に声を上げないと、結局自分に返ってきますから。

 掲載後、約2週間分の育児休暇を取っている最中の小泉環境相から、人を介して電話がかかってきました。「お互いにがんばりましょう」と声を掛け合いました。なんだかほっこりしました。

 ――ところで、お子さんはこの取材中、全くぐずらず静かにしていて非常におりこうです。内藤さんが相手をしていますが、取材のじゃまになるようなことは全然しません。ちゃんと人の目を見てにっこりして、落ち着いています。とても2歳児とは思えません。子育てで、子どもをたたいたことはありますか。

 内藤さん ないです。

 長岡さん ないです。

 ――すばらしいですね。理想の子育てができている証拠です。子どもが生まれてから、自分がどのように変わりましたか。

 長岡さん 子どもが生まれてから得たものと言えば、視点が増えたことでしょうか。社会には子育てだけではなく、心身に障害があったり、介護する人を抱えていたり、いろいろな事情があって、他の人と同じようには働けない人がいます。頼れる家族がいる人ばかりではありません。そういった人の気持ちに、より思いをはせるようになりました。

 以前、会社員の知人が、育休を取る人を「迷惑」と陰で言っていました。育休で休む人がいると、要員の補充がなく自分の負担が増えるからです。「迷惑」という表現はもちろん全力で否定します。出産や育児は、人間の根源的な営みですから。ただ正直に言えば、私も子どもが生まれる前は、そちら側の考えに近いものが全くなかったとは言い切れない気がします。「なんで自分の仕事量が増えるんだろう」と。


視点が増え、景色が変わる


 ――ずいぶん考え方が変わりましたね。  

 長岡さん はい。今、政治をはじめ、何かというとすぐ自助努力、自己責任という声が上がりますが、そもそも自助どころかスタートラインに立てない人がたくさんいます。自分たちが子どもを育てることによって、そういう一見、合理的で正しげに思える言い回しに疑問を持つようになりました。子どもを持たなかったら、深く考えなかったかもしれません。

 たとえば、出産や育児をする人がいるから職場が回らなくなるという考えは、まさに木を見て森を見ずで、出産や育児をする人に非はなく、人員の確保と配置をうまくできないマネジメント側の問題です。だから職場が回らないのであれば、その不満の刃は、出産や育児をする人ではなく、マネジメント層に向けられるべきだと思います。

 ほかにも、たとえば介護をしていた人が介護殺人を犯した時に、事件にいたった経緯に特に思いを深くするようになりました。介護をしていた人にはその人の置かれた、他人にはわからない事情があったのではないだろうかと。農林水産省の元事務次官が長男を殺した事件がありましたが、元事務次官がそこまで追い詰められたのはなぜか、SOSを出せなかったのはなぜなのか、伝えられていない当事者の事情を考えるようになりました。仕事にすぐ結びつくアップデートはできていませんが、今私は、人間としてごく自然な営みを実践する者として、自分自身をアップデートしているのではと思います。

 ――そうですね。内藤さんは出産後、どう変わりましたか。

 内藤さん 自分自身がすごく強くなりました。人に何か言われても平気になって、あまり小さいことを気にしなくなりましたね。それと(長女をだっこしながら)この人のおかげで、これまで以上に、立場の弱い人のつらさや痛みをその人の立場に立って想像するようになりました。

 たとえば、子どもを虐待するお母さんがいたら、すぐに責めるのではなくて、何か背景があるから虐待してしまうんじゃないかと思うようになりました。母親個人ではなく、社会制度の方に足りないところがあるんじゃないかと。人間としての成熟、深みにつながっていくのかなと思います。

 それから、育休を取ったら見える景色が変わりました。

 長岡さん 私もそうです。変わりました。

 ――育休によって周りの景色がどう変わったんですか。

 内藤さん 気にするところが変わりました。駅のエレベーターの位置や、公共施設やデパートのトイレの構造にまず目が向きます。デパートの男性トイレにはおむつ台がほとんどありません。街なかの公共トイレには、幼児が使うおまるが見当たりません。

 長岡さん 飲食店に畳敷きの部屋があるか、公共トイレに多目的トイレがあるかとか。多目的トイレにはおむつ台がありますが、施設の中央にはなく、だいたい端の方にあります。ベビーカーの人にも不便だし、車いすの人はどうするのと思うようになりました。

 内藤さん 育休中にベビーカーを押して出かけて、駅に階段があるだけでエレベーターがなくて困っていた時、知らない人に階段の上までベビーカーを運んでもらったことがありました。こんなにやさしい人って世の中にいるんだ、自分も同じことをしてあげなきゃと思って、実行するようになりました。前は困っている人を見ても声をかけるのが恥ずかしかったんですが、今は断られてもいいから、「手伝いましょうか」と声が出ます。


組織だからこそ


 ――物の見え方が以前とは違ってきたんですね。社内に子育て中の女性カメラマンは何人いますか。

 内藤さん 東京には私一人で、大阪にもう一人います。社内に二人だけです。職場の人たちは私に負担をかけないようにしてくれています。子どもの精神的な成長のため、親子が一緒にいる時間を長くしたいという私の希望を優先してくれて、定時で帰れる働き方ができ、恵まれています。

 長岡さん 所属長や同僚の属人的な配慮になってしまうと、組織として持続性がありません。たまたま私たちが配慮されて恵まれていますが、子育てに冷ややかな人はいると思います。会社としてしっかり制度化し、出産や育児といったライフイベントは、いつでも起こりうることとして、適切に人員を確保し配置する必要があると考えます。

 ――難しいですね。ベビーシッターのサービスを使ったことはありますか。

 内藤さん ありません。何度かシッターさんを頼もうとしたのですが、子どもが病気になったりタイミングが合わなかったりして、結局頼めませんでした。機会があれば使ってみたいです。

 子どもが病気のときは、保育園から「熱が出ました」と電話があります。すると、職場が「(迎えに)行け行け」と言ってくれて、数日休んでいます。子どもというのはすぐには熱が下がりませんから。その間に撮影の予定が入っていたら、別のカメラマンが行きます。そこが当番の数人でその日の仕事を回すシフト制のありがたいところです。ただ配慮してもらっているのは、昔ながらの家族的な、温かい雰囲気が残る毎日新聞の写真映像報道センターだからかと思います。

 長岡さん 記者だとなかなか他の人に取材を替わってもらうわけにはいかないですね。その記者の人脈で取材したりして、事前にかなり準備をしていく場合が多いですから。

 ――職種によって違いますね。子育てで夫婦が協力する秘訣はありますか。

 内藤さん コミュニケーションをよく取るようにしています。あまり会話をしていない時は、意識してLINEで連絡を取り合います。1人欠けちゃうと回っていかないので。

 長岡さん お互いのやり方に不満があるけど言わないことかな。私はイライラしがちなので、例えば出かける時に子どもに靴下を履かせようとするのですが、妻からは「もっと(子どもが自分で履くまで)待ってあげない?」と言われます。

 ――待つ子育てが望ましいですよね。なかなかできませんが。他に不満はありますか。

 内藤さん 本当は男性が育休を取ったら、家事を全部できるようになってほしいです。でも、料理は自分で作った方が早いので私がやります。

 長岡さん 人間、得手不得手がありますから。

――最後に何か言いたいことはありますか。

 長岡さん 出産・育児で休みを取ることに自重を求める考え方はまだありますが、人間の根源的な営みに自重を求めるというのは、非人間的なことだと思います。子育ての最中は周囲に助けられていても、やがて助ける側に回る時がきます。また子育てに限らず、病気やけが、あるいは介護などで助けてもらう側になることは、誰にでもありうることです。「組織なんだから」という言葉は厳しさを求める時にしか使われなくなりましたが、「組織なんだから」誰もが助け合ってもいいんじゃないでしょうか。まさに「情けは人のためならず」です。

 加えて組織全体に関わる意識改革には、どの企業でもトップをはじめとするマネジメント層の力が欠かせません。一人でも多く「育児留学」する男性が増えてくれば、世の中が変わると思います。

(2020年6月28日に取材しました)



<略歴>
 長岡平助(ながおか・へいすけ)さん 1979年生まれ。福岡県出身。学習研究社(現在の学研HD)を経て2007年入社。図書編集部、情報編成総センターなどを経て、2020年4月から学生新聞編集部。1児の父。

 内藤絵美(ないとう・えみ)さん 1979年生まれ。北海道出身。2004年入社。成田支局で2年間市政などを担当し、2006年から東京本社写真部(現写真映像報道センター)。1児の母。

◎インタビューを終えて

 私(中村)が入社した30年前は、子どものいる女性記者そのものが非常に珍しく、男性が育児で休むケースは聞いたことがありませんでした。私自身が出産した13年前は、退院に合わせて夫が育休を1週間取りました。夫の育休は産後の体を休める手助けになったものの、あっけなかったです。乳幼児の育児はいきなりできるものではなく、新しい仕事と同様に知識やスキルが必要で、かつバージョンアップしていく必要があります。出産によって体が変わらず、家事もしていない男性であれば、かなり意識して準備しないとついていくのが難しいでしょう。

 出産と育児は個人的なもので、どのように子どもを育てるかは個人に任せられています。時代は変わり、どの企業でも性別によらず労働者の育児の環境整備をしなくてはなりません。それは社員のキャリアデザインとセットで行うべきものです。キャリアデザインは人事政策に基づくものであり、根底には企業の未来像が見えている必要があります。余裕のない企業は、社員の生活に関わる対応が属人的で場当たり的になりがちですが、それは経営の根本に欠けたところがあることを示しています。

 新型コロナによって、どの業種の先行きも不透明になりました。労使ともに痛みが伴い続けるでしょうが、変わるスピードを上げることでしか企業の存続は見えてこないと思います。

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