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山崎友記子

「当事者目線」を報道に生かす<上>

大窪奈緒子さん、岡田真理紗さん(NHK)

 出産後も仕事を続ける女性がスタンダードになりましたが、今もなお「子育てがつらい」「両立が大変」と感じる母親たちは少なくありません。孤独を抱えながら子育てするママ・パパに寄り添い、情報を届けるNHKのニュースサイト「孤育て ひとりで悩まないで」を立ち上げた報道局ネットワーク報道部の大窪奈緒子記者と、元同部記者で現NHK放送文化研究所の岡田真理紗研究員に、子育てと仕事の両立にかかわる自身の体験やサイトに込めた思いについて聞きました。(聞き手・山崎友記子=元毎日新聞記者)  ――お二人とも報道現場にいる間に出産、職場復帰を経験されていますね。  大窪奈緒子記者 前橋放送局で勤務していた2010年に第1子の長男、横浜放送局時代の2015年に次男、16年に三男が生まれました。長男の時は1年半ほど産休・育休を取り、前橋放送局に復帰。当時、夫の勤務の関係で自宅は神奈川県小田原市にあり、長男にアレルギーあったことなどから復帰後の半年間、小田原から前橋まで、給料のほとんどをつぎ込み、片道2時間半かけて新幹線通勤していました。その後、国政選挙があったことなどで勤務が回らなくなり、子連れで前橋に単身赴任しました。


相談する余裕さえなく

大窪さん

 子育てと家事をすべて一人でこなさなければならない「ワンオペ育児」で県庁などを担当していましたが、前橋放送局での出産は何十年ぶりと言われ、出産後、地方局で記者として働くロールモデルもなく、在宅ワークも今ほど環境が整っていませんでした。初めての育児で子どももまだ2歳。知らない土地で1人で育てるプレッシャーが大きく、当時はまだ若かったので、子どもをお風呂にいれている時も、ギャーギャー泣いていても、デスクや取材先から電話があれば、とらない選択肢はなかった。泣き声を聞かれてはいけないと思い、ベランダに出て電話していると、子どもに「どうしておかあさん電話に出てるの!」と泣かれた。寒風吹き荒ぶ中、泣く子をおいて電話している時、「自分は何のために働いているのか」とすごく思いました。今思い返すと、素直に状況を説明して取材しやすい態勢を作ればよかったのかもしれません。けれど当時は、相談する気持ちの余裕がありませんでした。相談しにくい社会の雰囲気もあったのかもしれません。次世代の女性記者にはこういう思いをしないでほしいと思ってきました。

 ――大変でしたね。岡田さんはかがでしたか?

 岡田真理紗研究員 私は2017年10月、ネットワーク報道部にいた時に初めて出産しました。大窪さんのころに比べればやりやすくなっていましたが、産後は、実家が遠く、同じNHKの記者をしている夫は社会部にいてほとんど家に帰って来ず、ノイローゼになりかかっていました。そんな時、ネットワーク報道部は子育て中の方が多く、先輩たちが交替で家まできてくださって、お弁当を届けてくれたり、子どもを見ているから買い物してきたら、などと言ってくれたりしました。精神的にもすごく助けられました。  ――最近の状況はどうでしょう。  大窪さん 長男の時は子育てしづらいと思ったのですが、この10年で大きく変わりました。まず子どもを産むごとに「おめでとう」と言ってくれる人が増えましたし、3人目の時には、上司から「産休・育休どのくらいとれるか一緒にプランたてようよ」と言ってもらいました。制度も使いやすくなってきていますし、働きやすく変わってきていると感じます。  岡田さん 私は2005年の入局ですが、2003年入局の先輩たちが出産し始め、子育て中の女性記者が一気に増えた気がします。社会部にいた時、司法クラブにいた先輩が社会部在籍で初めて出産しました。クラブのキャップが「子どもが欲しいと思っているなら、迷うことなく産むべきだ」と言ってくれたので、勇気を出して出産できたと先輩から聞きました。1人いると既成事実となって、働きながら子育てできるんだと、だんだん浸透してきたのかな。この10年みているとそんな印象です。地方局での子育ては大変でしょうが最近、地方局でも出産する女性が増えてきていると思います。


役に立つ記事だったか?

 ――2019年6月にスタートしたニュースサイト「孤育て ひとりで悩まないで」(※)は、ご自身の体験とどのように結びついていますか。

岡田さん

 岡田さん 出産前、自分の保活(子どもを保育園に入れるための活動)を兼ね、いろんな保活の記事を書き、保活に困っているお母さんたちにお会いしていました。その中で「マスコミは保活大変だ、こういうお母さんがいて大変だと書くけれど、それを読んだところで何一つ私たちの役に立たない」と言われることがありました。  そういう話を聞いた後、自分も出産して何か調べようと思ってもNHKのニュースでは役に立つものがあまりなくて。政府がこういうことをしたとあっても、自分の住んでいる自治体ではどうなっているか、いちいち調べないと分らない。私は記者だから役所に電話できるけれど、そういうことに抵抗がある人、物理的にできない人がいる中で、今まで自分が書いてきた記事は本当に役に立っていたのか、出産を機に考えるようになりました。

 当事者に役に立つコンテンツを作りたいと思っている中でできたのが「孤育て」サイト。今までのNHKのやり方に合わせるように仕事しろ、って言われていたらできなかったと思いますが、ネットワーク報道部はウエブのコンテンツを作っていることもあって、「こういうことをやりたい」と言ったらやらせてもらえる土壌があった。自分のやりたいことと、自分の働き方にあわせて仕事を引き寄せられたので、すごくよかったです。  大窪さん ネットワーク報道部にくるまで、ずっと孤独感がありました。前橋や横浜では職場のみんなが理解してくれ、夜の発生ものの対応などに協力してくれましたが、同じように子育てしている女性記者はほとんどいなかった。ここにきて初めてたくさんの仲間に出会え、同じように子育てしながら、どうしてこんなに子育てしにくいのか、という思いを共にし、議論しながら記事を出せるのは、すごく励みになるなと思いました。  出産・子育ては初期対応が大事だと思っています。第1子の時は出産や子育てがすごく辛く、第2子まで5年、間があきました。2人目出産したら夫も一緒だし、知っている人も増えて心強く、仕事も復帰しやすかった。子どもってかわいいな、と思えてもう一人ほしくなりました。虐待防止の観点でも、乳幼児時期の、手がいくつあっても足りない時期をサポートすることで、出産後の一番の危機に陥りやすい時期を支えて、軌道に乗れるお母さんもたくさんいるのではないかと思い、少しでも助けになる情報を出せれば、とサイトを続けています。


ネットから放送へ好循環

 ――サイトの反響はいかがですか。  大窪さん 記事を出すごとに、投稿フォームには「同じ思いでいる」とか、「子育てに対しもう少し理解をもってみてくれたら」というお母さんたちの孤独の思いがメールでたくさん届きます。何百通にもなっています。ネット記事を出すようになって、子育て中の女性記者が活躍できる場が広がり、仕事を自分ごとに引き寄せていけるようになりました。またネットで出した記事に多くの反響があると、「テレビやラジオでも取り上げようか」というふうに、社内のほかの部署の方に声をかけてもらい放送につながる、という好循環ができた気がします。  岡田さん 投稿を読むと、どの方も悩みながら子育てしているのがわかります。未婚のシングルマザーで生活保護を受けている方からのメールもありました。こういった方は、今までのニュースの中では、「シングルマザーの問題」とか「生活保護の問題」など個別のテーマに沿って、そのときだけ都合よく引っ張りだしてくるような取り上げ方になってしまっていたと反省しています。このサイトでは、そういう人たちに向けて継続的に役立つものを発信していく。自分たちも半分当事者の気持ちで発信することを目指しました。もっと当事者目線の入ったものが増えれば、業界全体が変わっていくのではないかと思っています。  ※NHK「孤育て ひとりで悩まないで」は日々の子育てで感じる母親や父親の悩みや孤独を取り上げたり、ベビーカー利用をめぐる課題を記者が実際にベビーカーを押して調べたりするなど、当事者に寄り添うことを目指したウエブサイト。投稿フォームに寄せられた体験談や意見を取り入れ、双方向の内容となっている。 https://www3.nhk.or.jp/news/special/kosodate/?tab=0&more=001020



<略歴>
 大窪奈緒子(おおくぼ・なおこ)さん 1981年生まれ。福島県出身。2004年入局。08年に記者職に転換。前橋放送局、横浜放送局などを経て17年から報道局ネットワーク報道部。9歳、5歳、3歳の男児3人のママ。
 岡田真理紗(おかだ・まりさ)さん 1983年生まれ。群馬県出身。2005年入局。盛岡放送局、報道局社会部、ネットワーク報道部などを経て、19年8月から放送文化研究所。2歳女児のママ。

                         (2020年2月28日に取材しました)

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