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  • 中村美奈子

「育児留学」のすゝめ(上)

長岡平助さん、内藤絵美さん夫妻(毎日新聞社)


 育児休業を取る男性はまだまだ少ない。男性の育児休業取得率は2019年度に過去最高となったが、7・48%にとどまる。記者同士が結婚して男性が育児休業を取ると、その後の仕事と日常はどう変わるのか。19年まで2度にわたって計10か月育児休業を取った毎日新聞社学生新聞編集部記者、長岡平助(ながおか・へいすけ)さん(41)と妻の同社写真記者、内藤絵美(ないとう・えみ)さん(41)はともに地方出身者。2歳の女児を抱える日々について、二人に自宅で語ってもらった。(聞き手・中村美奈子=元毎日新聞記者)


 ――今、どんな仕事をしているのですか。 

長岡さん

 長岡平助さん 4月に学生新聞編集部に異動し、毎日小学生新聞(毎小)の記者をしています。約2年前まで5年ほど在籍していた部署です。今は、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)のどこが怖いのかを解説したり、読者の子どもたちから寄せられた質問に答えたりする記事を書いています。作家の辻村深月さんや、アイドルグループ「Hey!Say!JUMP」のメンバー、有岡大貴さんの連載も担当しています。

 内藤絵美さん 写真映像報道センターの写真記者です。育児休業から復帰した2018年11月から有給の育児時間を取得しています。子どもが満3歳になるまで、勤務時間は午前9時半から午後4時15分までです。この制度を利用したのは、3歳までは子どもの精神的な成長や発育のために、親と一緒にいる時間が長い方がいいと思うからです。これは夫婦で相談して決めたのではなく、自分独りで決めました。撮影予定が入っている現場に行き、写真を撮ってくるのが今の仕事です。勤務は時間通りに終わり、その足で保育園にお迎えに行っています。


実家頼れず「自転車操業」

内藤さん

 ――お二人の実家はどちらですか。

 長岡さん 私の実家は福岡県です。

 内藤さん 私は北海道です。出産直後は実家の母がしばらく手伝ってくれました。

 ――福岡県と北海道とは、どちらも東京から非常に離れていますね。子どもが急に病気になって実家の親の力を借りたくても、すぐ駆けつけてはもらえない距離です。

 長岡さん はい。どちらの実家も遠方なので、夫婦で子育てをしています。双方の親には頼っていません。

 ――それは本当に大変です。今の1日のスケジュールを教えてください。

 内藤さん まず、午前8時に私が家を出て会社に向かいます。

 長岡さん その後、午前8時すぎに私が子どもを保育園に送り、出社します。

 内藤さん 午後4時15分に私の勤務が終わり、子どものお迎えのため、午後5時に保育園に到着します。シフト勤務で持ち帰りの仕事はないので、家では100%、育児と家事に集中しています。

 長岡さん 私は仕事が残っていなければ、午後6時に退社して帰宅します。持ち帰って仕事をする時もあります。

 ――保育園はどんなところですか。

 内藤さん 家から自転車で5分の民間の認可保育園です。ゼロ歳児から年長児までいて、園児は約40人とこじんまりしています。ビルの中にあって、園庭はありません。新設園だから入れて助かりました。

 ――無事入れてよかったですね。長岡さんは4月に異動するまで、ニュースサイトの編集部署でしたね。大勢の人たちがシフト制で動き、1日中切れ目なくニュースを編集する部署です。忙しかったと思いますが、当時の1日のスケジュールを教えてください。

 長岡さん ニュースサイトの編集部署、デジタル編集グループのときは、毎日結構ギリギリの生活でした。

 最も朝が早いシフトのときは、私が午前4時台に起き、午前5時半に妻を起こして家を出ます。

 内藤さん 私は午前6時から6時半の間に子どもを起こします。支度をして、午前7時45分に親子で家を出て、保育園に送ります。午前8時すぎに会社へ出発し、会社に着いた午前9時すぎ、コーヒーショップでコーヒーを飲む20分間だけが、ほっとできる自分の時間でした。

 長岡さん 午後3時に私の勤務が終わるのですが、メールや書類の確認などもあって、だいたい午後4時に会社を出て子どもを迎えに行き、午後5時に保育園に着きます。このパターンが月に10日ほどあって、一番多かったです。夜のシフトにはほとんど入らず、たまに正月に入る程度にしてもらっていました。夜のシフトがほとんどないように配慮してもらえたのはありがたかったです。

 勤務が午前8時開始、午後5時終了のシフトが月に何度かあったのですが、このシフトだと保育園の送りも迎えもできませんでした。このときは妻が保育園への送迎をやっていました。

 ほかの勤務は午前9時開始、午後3時終了のお迎えだけできるシフトでしたが、こちらもしばしば長引き、妻が迎えに行くことが多かったです。

 妻と子どもの夕食は、午後6時から1時間程度。子どもの寝かしつけは午後9時から10時の間に妻がやっています。私はその間、子どもの服のアイロンがけをしています。

 実家が近くにないので常に自転車操業です。夫婦どちらかが倒れたら止まってしまうのが実情で、気が抜けません。


国の制度、使って当然


 ――長岡さんは2回、育休を取っていますが、いつ、どのように取ったのですか。

 長岡さん 子どもが生まれる直前の2017年夏から3カ月間、学生新聞編集部にいた時に、有給休暇などと合わせて1回目の育休をとりました。2回目は、情報編成総センターで新聞紙面の編集をしていた2018年9月から翌年3月末までの約半年です。

 ――なぜ2回、育休を取ったのですか。

 長岡さん 男性の育休取得を促進するため、国の制度として2回取れるんですよ。父親が、1回目の育休を子どもが生まれて8週間以内に取り始めてかつ取り終われば、特別な事情がなくても、もう1回育休を取得できるという制度があるのです。

 私の場合、1回目は有給や会社の制度を使って、3カ月ほど休みました。ですから厳密に言うと、育児休業8週間とその他の育児休暇や一般的な有給休暇などの合計で3カ月となります。妻は2017年夏に産前・産後休業(産休)に入り、翌18年11月に職場復帰しました。私の2回目の育休取得から約1カ月後に、妻が職場復帰したわけです。

 私が育休を2回取ったことによって夫婦で4カ月ほど、フルタイムで育児ができました。私は19年4月に、子どもが認可保育園に入園するタイミングで2回目の育休から職場に復帰しました。

 ――そんな国の制度があるとは知りませんでした。日本では育休を取る男性は少数派です。取得率は上昇傾向にありますが、女性の8割台に比べてかなり低いです。長岡さんが育休を取るのは非常に勇気がいったと思いますが、そもそもなぜ育児休業を取ろうと思ったのですか。

長女を遊ばせる内藤さん(左)と長岡さん

 長岡さん 育休取得は私から言い出した話で、妻に持ちかけられたわけではありません。双方の親を頼れない以上、2人で協力するしかなく、他に選択肢はありませんでした。また育児は女性がするものと誰が決めたわけではないので、国の制度として男性の育児休業がある以上、健康保険や年末調整と同じように使って当然、取って当然のものだと考えました。

 内藤さん 双方の親が頼れないことは最初から分かっていたので、夫が育休を取得すると聞いたとき、特に驚きや不安はありませんでした。ごく自然なことと受け止めました。逆に取らないと言われていたら、今こうして二人でお話しできるような状況にはなかったと思います。近年、育休を取得した男性に「偉い」「すごい」「イクメン」と持ち上げる傾向がありますが、私は、それは違うと考えています。育休はこれから長く続く子育ての一歩であり、ある意味で、子育ての「助走期間」と、とらえられると思います。そうしたときに「助走期間」を放棄するというのは、そちらの方が問題ではないでしょうか。もちろん取りたいのに周囲の事情で全く取れない、満足に取れないという場合は別です。

 ――長岡さんが育休中はどんな暮らしでしたか。

 長岡さん 家事はもともとやっていました。料理と授乳は妻がやりますが、掃除、洗濯は二人ともやります。アイロンがけも私がやります。洗剤を容器に詰め替えたり、洗った食器を棚にしまったりする「名もなき家事」は、気がついた方がやります。「あ、これもう洗剤ないね、今日買っとこうか」って。愛の一声運動です。

 日頃家事をやっていない人がいきなり育休を取ると、家事を覚えるだけで精一杯で、とても育児にまで手が回らないと思います。ただ休みを取るだけになってしまう人もいるかもしれません。日ごろ家事をやっていない人は、皿洗いや洗濯物の仕分けなど、まず簡単な家事から始めて、ある程度できるようにしておくのがよいと思います。家事と育児は夫婦二人で協力するしかありません。

 内藤さん 本当にそう。協力しかないです。


夜中の授乳も付き添う


 長岡さん たかだか10カ月ほどの育休経験くらいで、私などが育児について語るのはたいへんおこがましいのですが、少なくとも育児が想像以上に大変であるということだけは、育休を取って身にしみました。これを過去、世のお母さんたちが「おかしい」と声を上げることもなく、黙々と一人でやってきたかと思うと、頭が上がりません。育児を一人で担うだなんて、私にはとうていできません。率直に言って、すごいの一言です。赤ちゃんは言葉が通じないので常にそのペースで動かざるを得ず、家の中はぐちゃぐちゃで片づきません。洗濯物を取り込むことさえ忘れてしまいます。とても自分の食事を作る暇はありません。私は魚を焼いたり、肉を炒めたり、ごはんを炊いたりくらいの簡単な料理はなんとかできるのですが、全然その余裕はなかったです。

 もともと子どもが粉ミルクを飲んでくれたら、私が授乳を担当するという計画だったのですが、子どもはおっぱいが大好きで、粉ミルクはまったく飲みませんでした。お風呂や着替えもお母さんじゃなきゃだめで、育児の9割7分8厘は妻がやり、当初の私の計画は丸つぶれでした。私がやっていたのは、家事と育児の落穂拾いです。ある程度家事に慣れていた人間でも、そんな状態でした。

 子どもはお母さんが大好きで、私がだっこしたら泣くし、夜中は3時間に1回は起きておっぱいを飲みました。おっぱいは妻がやるわけですが、私はその時一緒に起きてそばについていました。

 ――育児には体力が求められるのですから、そこまで無理しなくてもいいのでは。授乳は奥さんに任せて、その分自分は睡眠を取って、体力を温存した方がいいんじゃないですか。

 長岡さん 自分も妻と同じ場に立とうと思ったからです。初めて育休を取る時、当時毎日小学生新聞で担当していた連載の執筆者で、ベストセラー「『捨てる!』技術」 の著者として知られる辰巳渚さん(2018年死去)から言われました。

 「長岡さん、いいですか。女は子どもが生まれた時のことをずっと覚えています。あなたが寄り添わずにいたら、女は一生覚えています。あなたが女と一緒に同じことをして、ともに歩むという姿勢を取ることを望みます。あなたが育休を取ることを応援します」。辰巳さんから贈られた大切な言葉です。私が授乳できるわけではありませんが、夫婦で一緒に同じことに向き合うのを大事にしています。

 内藤さん 同じつらさを経験したことは、絶対夫婦の財産になります。

 ――なるほど。辰巳さんからそんな言葉をもらったんですか。長岡さんが育休を取ることに関して、他の取材先の人たちはどんな反応でしたか。

 長岡さん 社外のお付き合いのある方々は、私が育休を取ることに否定的な人はいませんでしたね。

 考えてみると育休は、自分の人間としての成長と土台づくりの時期、視野を広げる時期だと思います。海外に留学するようなもの、「育児留学」しているようなものです。

 ――留学、いいですね。今年は新型コロナの感染が広がり、いろいろな職場で働き方が一変しました。新聞社も例外ではないと思いますが、新型コロナの感染防止のため、在宅勤務はしましたか。

 長岡さん はい。夫婦とも在宅勤務を経験しました。

 ――やはり在宅勤務をしたんですね。小さい子どもがいると、在宅ではなかなか仕事がはかどらないと思います。お二人はどのように在宅勤務をしたのでしょうか。

 長岡さん 今年は4月から6月末まで保育園から登園自粛を求められていましたが、4月のちょうど同じくらいの時期に、会社がコロナ対策で在宅勤務を推奨するようになりました。在宅勤務のときは、基本的には妻が家で子どもを見ていて、妻に撮影の仕事があるときは、登園させるか私が在宅勤務で子どもを見ていました。妻は仕事が終わり次第、園に子どもを迎えに行くか、私と育児をバトンタッチしていました。

 子どもを見ていた間の私の仕事は、妻が戻り次第再開するか、もしくは子どもが寝た後で再開していました。在宅勤務で子どもを見ながら、特に幼児を見ながら仕事をするというのは、現実的に無理ですね。

 子どもは親が家にいると、常に自分の相手をしてもらえると思うものです。「親が仕事をしているからじゃまをしてはいけない」などとは思わず、自分本位に突然、抱っこや遊びの相手を求めてきます。大人と同じものは食べられないので幼児用の食事を作る必要があったり、トイレに連れて行っておまるに座らせて排泄の練習をしたり、服が汚れたら着替えさせたり、次から次に世話をすることが降ってきます。在宅では子どもにつきっきりになってしまいます。子どもがある程度大きくなっていればともかく、幼児に親の仕事のじゃまをしないように言い聞かすのは、年齢的にできない話です。

 在宅勤務ならではの子育て世代の苦労があることは、コロナ以降知られるようになってきた気がしますが、子育てを経験していない人たちには、そのあたりの事情はなかなかわかってもらえない気がします。

下に続く(2020年6月28日に取材しました)



<略歴>
 長岡平助(ながおか・へいすけ)さん 1979年生まれ。福岡県出身。学習研究社(現在の学研HD)を経て2007年入社。図書編集部、情報編成総センターなどを経て、2020年4月から学生新聞編集部。1児の父。

 内藤絵美(ないとう・えみ)さん 1979年生まれ。北海道出身。2004年入社。成田支局で2年間市政などを担当し、2006年から東京本社写真部(現写真映像報道センター)。1児の母。

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