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  • 井澤宏明

子育て記者の現在とこれから

J-Forum2021春オンライン報告


 取材や報道の現場で、子育てと仕事の両立をどう実現していくか。多くの記者やディレクター仲間が模索しています。子育て記者の知恵と経験共有サイト「BACK TO THE NEWSROOM」を運営する、特定非営利活動法人・報道実務家フォーラムでは今年春にネット上で開催した「2021春オンライン」(全6回、4月〜7月)の講座の一つとして「子育て記者の現在とこれから」(6月12日開催)を設けました。3人の子育て中の記者と、社内でダイバーシティー(多様性)を推進する部署を率いたベテラン記者に経験などを語っていただきました。

 その中からは、ママ記者ならではの視点から取材テーマを次々と開拓したり、最前線での取材と育児の両立に試行錯誤したりする姿、パパ記者として社内初の育児休業を取ってみて気付いた多くのメリット、自分たち世代と同じ苦労はさせたくないと取り組んだりした職場のサポート体制など、さまざまな希望の種が浮かび上がってきました。(まとめ・井澤宏明=元読売新聞記者、肩書は当時)。司会は澤康臣・報道実務家フォーラム事務局長。


ママ目線で切り拓く道

 野田綾さん・NHKネットワーク報道部記者

 

 小学校6年生の女の子、3年生の男の子、3歳の女の子の3人の子育てをしています。

 初任地は松山放送局で、2009年に第1子を出産しました。当時の職場では、今では決して口にしない、聞くことのないような激しい言葉が飛び交っていました。そんな中で結婚して、出産までしてしまうことにすごく不安を覚え、なかなか言い出せずにいました。

 記者を始めて5年、怒られながらもやっと少しずつ自信がついてきた中で、いま子どもを産んでどうなるのかという大きな不安を感じました。相談できる先輩記者も周りにいませんでしたし、24時間365日、記者であり続けることができない生活になってしまったときに、果たして自分は記者の役割を果たせるのかすごく不安で、「辞めるしかないのかな、辞めるならどのタイミングなのかな」と思い悩みました。

 ところが、いちばん厳しかったデスクがいちばんの理解者になってくれて、「悔しかったら続けてみろ。組織に負けるな。自分が道を切り拓いてみろ」と言ってくれました。ハッと目が覚めたというか、「自分がスターターであるなら、何ができるかを自分で考えて、それでもだめなら辞めればいいじゃないか」という気持ちになれたことを覚えています。

 母になり「この子のためなら、どんな苦労でも惜しまないぞ」という気持ちにさせられました。

 一方、今まで取材で出会った虐待で亡くなったり、けがをしたりした子どもたちのことが頭に浮かび、「生まれたときから環境の違う子どもがいるんだ。記者として、すべての子どもたちに少しでも笑顔を届けられる社会を作れないか、そういうことをテーマにしたらいいのではないか」と、新たな一歩を歩み始めました。

 さいたま放送局に異動し、第2子を出産。その後、社会部ネットワーク(現在のネットワーク報道部)に異動して第3子を出産。記者21人のうち7人がママ記者で、うち2人は育休を取っています。男性も子育て中の人は多く、時短勤務をしている人もいます。記者だけではなく、男性デスクも自ら子育てと仕事を両立する姿勢を率先して示してくれている、先進的な部署です。

 2018年に愛知県豊田市で起きた三つ子をお母さんが虐待して1人を死なせてしまったという事件を受けて、「私だったかもしれない」という危機感を抱いたお母さんが多くいました。ママ記者の目線で感じること、集まって来るお母さんたちのモヤモヤを「”孤育て” ひとりで悩まないで」という特設サイトで紹介しています。

 記者は一人称では記事を書かない、というふうに育てられてきましたが2018年、第3子を産む直前に、自身が新型出生前診断を受けたときの経験や反省をもとにして「まだ見ぬ我が子」という自分を一人称とした記事を初めて書かせてもらいました。

 「ママになったからこそできる取材があるんだ」という気持ちに少しずつなることができ、それを一つ一つ形に残せたということは、いま振り返れば財産だったと感じています。これからの人たちも、そういうことを感じてほしいなと思っています。


夜討ち朝駆けもしたい

 小澤妃さん・読売新聞経済部記者


 小学3年生と3歳の男の子を育てています。

 経済部1年目に妊娠して1人目を産んで、編集局の新人研修の担当を1年ぐらいしていました。その後、経済部に戻って、国交省クラブを担当しているとき2人目を妊娠、出産後、現在は日銀クラブを担当しています。

 主人が保育園の送り迎えや子どもの宿題をだいぶ見てくれているので助かっています。ネタを取るには「夜討ち朝駆け」もしたいので、どうしても会いたい人に会いに行こうと思うと、子育てとの両立っていうのはどうしても難しい。常に仕事も頑張りたいし、子育ても頑張りたいし、というところで、悩みながら仕事をしている状況です。

 私が入社したころには、女性記者の採用も4割ぐらいになり、最近は後輩の女性記者も増え優秀な子もすごく多い。子どもを産んだ後に、どうやって政・経・社(政治、経済、社会部)で両立していくかということが課題なんだろうな、と思いながら仕事をしています。

 私の上の世代は、奥さんが専業主婦っていう方がものすごく多かった。一方、同世代かそれより下の世代は、共働きの男性記者もものすごく多くて、そういう男性記者も両立に悩んでいます。子育てとの両立に限らず、いい仕事をしながらどうやってプライベートも充実させていくかということが課題になっているんじゃないかな、と考えてはいるものの、正解はなかなか見つからなくて悩んでいるのが現状です。


男の育休はいいことだらけ

 山口拓郎さん・東奥日報社報道部記者 


 小学校3年生と3歳の男の子、妻との4人暮らしです。

 育児休業を取ったのは第2子のとき。長男のときは、周囲を気にして育休をなかなか言い出せず、二男のときは「これが最後かもしれない」と、絶対に取ろうと思いました。

 男性の育休取得は社内で初めてのことでした。支局勤務で、同僚を含め3人で勤務ダイヤを組んでいました。私が育休をとっても補充はないだろうし、残り2人の方に非常に迷惑がかかる状態。「取得したいと言ったら、何と言われるだろうか」とすごく気にしていましたが、いざ口に出してみると、上司から「いいことだから、頑張ってくれ」と声を掛けられ、すごくほっとしたことを覚えています。

 せっかく取得したので、「君と暮らして パパの育休奮闘記」という連載で自分のことを書きました。初回の見出しは「ハードルは自分のなかに」。育休をなかなか取れないのは、自分の中にハードルがあって、いろんなことを気にし過ぎていることがダメなんだなあと気づきました。いざ言ってみると、育休を取るための手続きは簡単だし、私の周りで嫌なこと、ネガティブなことを言う人はいなくて、取ってよかったなあと。

 皆さんにお伝えしたいのは、男性が育児休業を取ってみると、いいことだらけだということです。

 一番大きいなと思ったのは、キャリアになるんじゃないかということです。何もできない子どもと1日24時間、ずっと家にいるというのは、今まで経験したことのない理不尽な体験です。子育てをする女性はそういう辛さを分かっています。辛さを体験としてちゃんと体に刻むことで今後、同僚や後輩に対する気の遣い方が変わってくるんじゃないか。取得している男性はまだ少ないから希少価値がある、と前向きにとらえています。

 お金が不安だという人もいると思いますが、そういう不安はいらないというのが実感です。育児休業給付金もあり、半年間は額面給料の大体7割ぐらいは給付金として受け取れるので、生活はそんなに困ることはありませんでした。育休中は社会保険料もかかりません。

 労働生産性も上がります。仕事に戻った後も妻と共働きですが、家庭と仕事の両方ともうまく回していこうという意識が、育休を取ったことで高まったと思います。仕事もより効率的に、どうしたら時間を短くできるかということを意識するようになりました。

 女性も苦労しながら少しずつ今の働き方を確立してきたので、男の側も子育てをちゃんとやって苦労しながら少しずつ例を作っていけばいい。そのために社内の色んな人と、家庭のこと、家族のことも雑談をして、理解者を増やしていくことが大切なんじゃないかなあと思います。


多様な経験、組織の力に

 香髙重美さん・共同通信生活報道部長


 会社の中でも、記者をしながら子どもを産むという方が急激に増えてきました。この方々のキャリアを維持してもらいながら、何とか会社にもいいことがないか。こういうことを考えてくれということで名古屋支社経済部長のときに、人事グループ担当部長兼両立支援室(後のダイバーシティー推進室)の室長への異動を命じられこの分野の仕事を始めました。2018年7月のことです。

 ダイバーシティー推進室でやった仕事の一つとして2020年、会社の「パパ・ママ手帳 両立ハンドブック」を作り直しました。巻頭に「多様な経験は力です」と明示してました。会社からの考えを皆さんに感じ取ってもらいたいと思ったからです。

 このメッセージでは育児だけではなく、介護とか病気など誰でも人生に一時的に立ち止まったり考えたりすることはあるものですよ、そういった多様な経験をし、さまざまな価値観を持つ職員がいることが、複雑に変化する社会に向き合いながら、正確で速く深い分かりやすい報道をする通信社の使命を果たす上で、『1丁目1番地』なんだということを伝えたいと思いました。

 強調したかったのは子育てにぶつかると、目標なんて考えられないって思ってしまうこともあるけど、「将来こんなことしていきたいな」と心の片隅に持ち続けて歩みを止めないでほしいということです。

 さらに室長時代に言い続けたことは、「とにかく1人で抱え込まないで」ということ。うんうん苦しんで、本当にどうしていいか分からない中で立ち止まってしまった後輩たちをたくさん見てきたから、この事を何度も何度も言ってきたつもりです。

私は1990年入社で、(男女雇用機会)均等法の第1世代。あまり先輩もいなかったし、辞めていった同僚とか後輩がいっぱいいました。これからの人には苦しい思いはさせたくありません。皆さんを応援したいと思っています。

 6月3日に成立した「改正育児・介護休業法」に関して、共同通信では『男性版育休』ができる節目として大きく報じ、1面に掲載してくださった会社(新聞社)もいっぱいありました。男性に「育休取るんですか」と会社が呼びかけることを義務化する、男性の育休を推奨する法律ができたことは、環境が変わるブレイクスルーになる可能性を秘めているんじゃないかなと思っています。男性幹部からも「もうここまで来たのか」「世の中、こんなことになってるのか」という声がポツポツと聞かれました。

 マスコミは古い体質だといいながら、スイッチが入ると変わることがすごく得意な業界だと思っています。それは、世の中の生ニュースに日々触れているからです。共同通信の育児休業の取得状況は2020年、男性が53%、女性は100%。この数年、男性の育休は急激に伸びています。環境はどんどん変化します。皆さんも遠慮せずに、会社はこうあるべきだ、社会はこうあるべきだ、とどんどん声を出し変えていっていただきたいと願っています。

 昨年9月から生活報道部の部長になりました。共同通信の本社の部署の中では珍しく男女比率がほぼ半々です。会社の未来予想図のような部署で、子育て中の記者も多くいます。


10年で変わった、10年後も楽しみ


 澤事務局長(司会) 野田さんは子育て記者の開拓世代です。会社の雰囲気は変わりましたか。

 野田さん 変わったと思います。私はさいたま放送局にいるときに、自分の働き方をどうにかしたい、もうちょっと良くしたい、NHKの内部から変えてほしいっていうような意味合いも込めて、1週間「女性と男性の働き方」をテーマとした企画を放送したことがあります。自分が子育てをしているからこそ、社会にこう変わってほしい、自分の環境も変わってほしい、ということを放送で出すということをやりました。

 私が初めての子どもをもうけたときは、子育てをするママが仕事を続けられるのか、ということにすごく懐疑的なところがありましたが、今は、パパが子育てをどこまでできるのかっていう議論に変わってきたっていうのは大きな変化です。10年でこれだけ変わったので、先の10年は楽しみで仕方がないです。


 澤事務局長 パートナーとの関係で苦労したこと、うまくいったことは。


 小澤さん 主人の会社のある地域に家を構え、主人は会社、保育園まで近い状況にすることで、子どもの送り迎えを全部お願いしています。

 私も一時期は「経済部を辞めた方がいいんじゃないか」とか家の中でいろいろ話し合いをして、主人から「僕が見ることができない世界を見てきてほしいから、経済部を頑張ってみたら」って言われて続けようと決意しました。それから8年ぐらいたっています。

 山口さん 妻は同じ会社で、もともと10年ぐらい記者経験があって、私が単身赴任する時期に合わせて、販売局の方に異動しました。

 お互い仕事しながら、非常に元気がいい男の子ふたりを抱え、朝もすごく大変だし、夜もやることがたくさんあって、休みは休みでやることが山のようにあるので、非常に大変だと思います。試行錯誤しながらやっているというのが正直なところです。


 澤事務局長 マネージメントする立場で気を遣っていることは。


 香髙さん 47都道府県に支社、支局があって、特に若い時代に転勤はつきものです。最近は20代の出産も増えています。私が室長のころから人事が必ず現地に行って、支局の雰囲気を見て、支局長と話をしました。そしてどうやって育休復帰を立ち上げをうまくしてあげようか、という相談をするようになりました。

 パパ・ママ手帳には、「上司の方へ」というコラムを1つのページに1個つくり、上司に対し、こういうところに気を付けてください、こういうところで悩んでいるかもしれませんと明記し、会社と本人が一緒になって頑張っていくというムードをできるだけ醸し出そうとしました。

(2021年6月12日に取材しました)


<略歴>
野田綾(のだ・あや)さん NHKネットワーク報道部記者。2004年入局。松山放送局、さいたま放送局を経て、社会部ネットワーク(現・ネットワーク報道部)。3児の母。

小澤妃(おざわ・きさき)さん 読売新聞経済部記者。2005年入社。立川支局、東京本社編成部を経て、経済部。日銀クラブで生損保などを担当。2児の母。

山口拓郎(やまぐち・たくろう)さん 東奥日報社報道部記者。2007年入社。社会部で司法、労働行政、スポーツなどを担当。整理部、リオ五輪担当を経て、19年から司法担当キャップ。2児の父。

香髙重美(こうたか・しげみ)さん 共同通信生活報道部長。1990年入社。金融証券部、経済部、経済部デスク、ニュースセンター整理部次長、名古屋支社経済部長を経て、人事グループ担当部長としてダイバーシティーを推進



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