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井澤宏明

育児中の政治部記者を支えるもの

比嘉杏里さん(共同通信社)


 共同通信社政治部の中堅記者として日々奔走する比嘉杏里さん(39)はこの春、小学2年生になる長男と3歳の双子の男女の3人のママだ。「自転車操業です」とご本人が言うように、3月には新型コロナウイルス感染拡大を防ぐための休校で、長男を朝から学童保育に預けるなど臨機応変の対応に追われている。子育て経験のない50歳過ぎ独身の元新聞記者がお話をうかがった。(聞き手・井澤宏明=元読売新聞記者)

 ――どんなお仕事を。

 比嘉杏里記者 自民、公明党を取材する平河クラブで、派閥や総務省、予算委員会を担当しています。

 特に勤務制限は設けず普通に働いていますが、呼び出されたらすぐ行く、ということはできないんですね。例えば、政治家に「きょうご飯食べに行かない」と言われても、「すいません先生、きょうはちょっと」みたいなことはよくありま

す。その代わり、「何日か先なら大丈夫です」っていうような感じで予定を入れて、ベビーシッターさんに来ていただくというふうにしてます。  週末は結構、出張だったり、政治家のテレビ出演や講演だったり。土日のどっちか丸一日ではないんですけど仕事とか、土日が出張っていうこともたまにあります。選挙や長期の出張のときは、沖縄の実家の母に上京してもらって、2週間とか助けてもらってます。


電話でネタを取れる関係を作る

 ――政治部といえば、「夜討ち朝駆け」の印象がありますが。  比嘉さん 長男しかいないときは、自民党の幹事長番をやってて、朝行って夜行ってだったんです。子どもの迎えが一切できなくて、夫に行ってもらったりベビーシッターさんに頼むという生活でした。  政治家との付き合い方って、記者それぞれやり方があって。どうしてもネタを取らなきゃいけないというときには、やっぱり電話だと思うんですよね。それは関係を構築していればできることなので。  ――地道に培ってきた人脈への自信や、取材手法の時代による変化も感じます。会社も子育てには配慮しているのでしょうか。  比嘉さん それはあると思います。政治部に子どもがいる女性記者が3人いて、無理をさせるつもりはないとは言われています。出来ることは出来ると言うし、出来ないことは出来ないって言うことが、少しずつ根付いてきてるかなあと。やんなくていいよって言われると、女性記者も辛いと思うんです。だけど、これ出来るんだったらやってくれとか、出来ないんだったら言ってくれ、みたいなスタンスなら働きやすいですし。  子どもを育てながら働いてる女性って、周りにすごく気を遣ってると思うんです。「はい、何でもできます」みたいにはいかないし、自分の仕事を肩代わりしてもらうこともあるし。そういう負い目がある一方で、働きたいという気持ちもある。「無理です」って言うのが辛くて、ついつい引き受けちゃったりして、後で止めときゃよかったっていうこともあるし。とにかく無理をしない、自分が倒れるような無理をしない範囲で、自分のやり方をどうにか見つけていくしかないのかなあ、と。  ――女性がそんな思いを抱きながら仕事していることに正直、思いは至っていませんでした。出産に迷いはなかったのでしょうか。  比嘉さん 社会部には早くからお子さんがいる女性記者がいたので、一度も無理だとは思わずに済みました。子どもはすごく欲しくて。自分のキャリアとどっちがって考えたんですけど、でもまあ、やってみなきゃ分かんないよなって。  政治部から千葉支局に出ていた2012年に産みました。妊娠したとき、「おめでとう」と言われた一方、「もうこれで政治部に帰れないんじゃないか」と上の人から言われたんですよ。そのときは、政治部に結婚している女性すらいなかったので。政治部としても「そんなにたくさん女性記者入れられないだろ」みたいなことがまだ平然と言われていました。ここ数年の変化って本当にすごいなって思います。


割り切って「外注」する

 ――男性中心社会の偏見がまだ根強くあったんですね。子どもたちとの日常はどんなふうに。

 比嘉さん 下の双子は新宿区の認可保育園に行っています。夜は週1回、定期のベビーシッターさんにお願いして、前の週に予定が入ったら新たに追加してお願いするという形で平均週2、3回、お願いして、残りは自分で迎えに行きます。その場合、午後7時半が仕事のリミットです。長男を学童保育に迎えに行って、そのまま保育園で双子を拾って家に帰る。  すごく助かっているのは、学童保育も保育園も晩ご飯を出してくれるんです。家に帰ったら、お風呂に入って、ちょっとおしゃべりをして、寝かしつけるっていうことができるので、心に余裕をもてるというか、バタバタしない。民間の学童保育で、柔軟に色んなことに対応してくれるので、すごく助かってます。お金はかかるんですけど、それは仕方がない、必要経費だと割り切っています。「外注」できるところは、外注しようと思ってやってます。  ――夫婦の間に役割分担はあるのでしょうか。  比嘉さん 夫も同じ会社で、家庭の仕事をまったく半分にしてやってくれます。多分、子どもたちのことで夫にできないことはないと思います。食事は作ったりはしないですけど。本来は当たり前のことかもしれないけど、とても感謝してます。2人でいる心強さっていうのはすごくて、自分がどうしようもなくなったらもう1人いるっていうのは、本当に助かりますね。  ――保育園の存在が相当大きそうですね。16年には「保育園落ちた日本死ね」というブログが国会で取り上げられました。  比嘉さん 少子化対策だとか、子どもは社会の宝だとか言うけど、まったく何もしてないじゃないかという怒りがすごかったですね。うちなんか運よく入れたけど、5コ、6コ落ちたなんて当たり前の話で。保育園に入れるか入れないかで、人生が変わるぐらいの分岐点になります。保育園は家から5分ぐらい。毎日のことなので、近いっていうのはものすごいアドバンテージなんです。遠い保育園なら、雨が降ったら連れていくだけでも重労働になってしまう。  長男を保育園に入れたのは8か月のときだったかな。復職するっていうことになってないと、保育園には入れないんですよ。双子のときは最初に「不承諾通知」が来たけど、別の家庭が辞退して入れました。育児休業を延長する準備をしていましたが、慌てて予定通り復職しますって。保育園ってすごくありがたくて、頼れる存在ですね。「寝てるとき、ちょっとせきしてました」とか「オムツ外してトイレ行きました」とか、保育士さんたちが子どもを丸ごと見てくれて、丁寧に一人ひとりのことを考えてくれます。  独りで子育てするのはものすごく辛いのに、母親だから我慢できるはず、それが喜びのはずだ、みたいな考え方がまだ残っている。でももし、子どもと独りでずっと家にいる日々が続いたら、私だったら耐えられないです。仕事が救いでしたし、社会とつながってるっていうのが救いでしたから。  今、入れない人たち、働いてないお母さんにも門戸を開くぐらいになってくれないかなあ。働いてるとかいないとか関係なく、保育のプロが子どもたちの成長を支えてくれたり、相談に乗ってくれたりするような余裕のある社会にならないかなあと思います。「保育無償化」を今やってますが、少子化対策になるとは思えません。逆に保育園に入れないお子さんが増えるんじゃないか、不公平だよなと思います。  ――お子さんが病気のときもありますよね。  比嘉さん 病児保育に取り組む認定NPO法人「フローレンス」に、朝8時までに頼めば来てくれます。仕事をどうしようって悩まなくて済むので、ものすごくストレスが軽くなります。下の子たちは今でも結構、夜中に起きるんで、ぐっすり寝たりとかはなかなかできないですけど、慣れちゃった感じですね。双子だったので、育児休暇中は眠れなくて、どっちかが泣いてるときはどっちかが寝てるみたいな。すごくきつかったんですけど、周りの助けがあったので、孤独感はなかったですね。  双子や三つ子の「多胎育児」で子どもを虐待してしまうっていうのは、ほんとによく分かります。眠れないと人っておかしくなるんですよね。だけど、もうちょっとしたら助けが来るという状況なら頑張れる。悲しい事件(愛知県豊田市で三つ子の母親が次男を畳にたたきつけて死なせたとして傷害致死罪に問われた)があったからですけど、多胎育児に行政の目が向けられるようになったのは良かったと思います。


周りの評価を気にしない

 ――孤立しないこと、させないことは大切ですね。どんな工夫をされていますか。

 比嘉さん 政治部の子育て中の記者と、あらゆることを話します。政治部に女性記者が増えている(2019年末時点で約50人中9人)のと、子どもがいる記者がいるっていうのはとっても心強い。現場で会う他社の女性記者とも、こないだ熱出したときこうだったとか、予防接種いつ受けてるとか、どんな病気がはやってるとか情報交換します。  もちろん、保育園のお母さんってみんな仕事してるので、長男が小学校に上がっても、そのライングループに助けられています。  ――会社の制度で助けになっているものはありますか。  比嘉さん 間違いなくベビーシッター補助ですね。シッターさん、ほんとに高いんです。日曜日とかに夫婦ともに出勤する日があって、3人預けて数万円飛びました。  今、内閣府がシッターの補助をやっていて、1人1回2200円。これがあると、この仕事できるかな、できないかなっていう瀬戸際のときに、シッターさんにお願いしてやっちゃおうっていう判断ができるようになりました。  ――後輩記者やこれから子どもを持ちたいという人たちにはどんなアドバイスを。

 比嘉さん これから結婚しますとか、これから子どもが欲しいっていう人からよく聞かれるのは、「やっていけるでしょうか」っていうこと。子どもが生まれて働き始めて、やっぱり無理だっていう人、結構多いですね。この仕事って、皆好きで入ってくるじゃないですか。でも、ちょっとこのままでは無理だし、将来が見えないって会社辞める人はいます。子どもを、いつつくったらいいんだろうっていうのも聞かれます。でも多分、あまりタイミングとか考えてると、色んなことが出来なくなるので、その環境に合わせて何とかやっていく。これをやったから偉いお母さんだみたいな考えは捨てて、外注できるものはして。  周りの評価を気にしないっていうのもすごく大事。会社とか仕事って、人生で大きなものを占めているのでとっても大切ですけど、私の人生に丸ごと責任を持ってくれるわけではない。こう生きたいとか、こうしたいっていうのは自分にしか分からないですよね。  自分のやりたいようにやると、迷惑かけて申し訳ないと思うんですけど、迷惑かけちゃだめだというふうには思わない方がいいと思います。日本ってそういうのが強いですよね。バスや電車にベビーカーを持ち込むなとか。でも自分が迷惑かけたら、他人の迷惑って許容できるんですよね。そういう社会の方が住みやすいと思います。それも子育てしながら学んだことの一つです。


<略歴>  比嘉杏里(ひが・あんり)さん 1980年生まれ。沖縄県出身。2005年入社。社会部、名古屋編集部、政治部、千葉支局などを経て、14年5月から政治部に復帰。3児のママ。

                       (2019年12月19日に取材しました)

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