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  • 川口敦子

育休取りたい!いつ、誰に、どういう風に切り出した?実際、取ってみたらどうだった?



報道現場で、子育てと仕事の両立を目指して日々奮闘する皆さんに、「そこんとこどう?」を聞く新企画「ウチらの子育て」がスタートしました!この回では、「育休を取りたい」と願い実際に取得した男性記者3人の話を聞くとともに、女性記者側からのメッセージも掲載しています。それぞれの経験と知恵が、読んでくださったあなたの参考になれば幸いです。(聞き手・川口敦子=フリーランス)

【この回では、次の皆さんの記事を読むことができます】 (記事はこちら)をクリックすると、それぞれの記者の記事に飛びます。スクロールしていって、全員の記事を通して読むことも可能です。


平塚雄太さん(毎日新聞社)

妻がスイスに赴任…!「何よりも家族で一緒に暮らしたい」と思い、育休を取得しました。

(平塚さんの記事はこちら)


(プロフィール) 1985年生まれ、2010年に毎日新聞社に入社し、静岡支局、東京社会部、西部報道福岡本部などを経て2023年から現職。長男誕生後の2020年7月から9ヶ月間、長女誕生後の2023年7月から3ヶ月間、それぞれ育休を取得。


松田尚康さん(岐阜新聞社)

長男の成長を身近で見守ることができた育休期間は、これまで感じたことがなかった喜びを私にもたらしてくれました。 (松田さんの記事はこちら)

末尾に、松田さんのパートナー、大賀さんからのコメントがあります)

(プロフィール) 1980年生まれ。2006年に岐阜新聞社に入社し、警察担当、中濃総局、司法担当、中津川支局、岐阜市政担当、本巣支局、県政担当、デジタル報道部、運動担当を経て、2023年1月から遊軍担当。長男の誕生に伴い、2回に分けて計約8カ月間の育休を取得。、


小田智博さん(共同通信社)

育休で「生まれたばかりの子を、女性が一人で育てるのは大変だ」と肌感覚で理解できたのは大きかったです。

(小田さんの記事はこちら) (プロフィール) 1983年生まれ。2005年に共同通信社に入社。大分支局、福岡支社編集部、東京本社社会部、長野支局を経て、2015年から再び東京本社社会部。2014年の長男誕生後に計1カ月半、2017年の次男誕生後に1カ月の育休をそれぞれ取得。


氏家寛子さん(NHK)

男性の育休取得に関し、職場の制度や社会の雰囲気はすごく変わってきていると、一記者としては感じます。

(氏家さんのメッセージはこちら) (プロフィール) 1987年生まれ。2010年NHK入局。水戸局が初任地で、岡山局、新潟局を経験。2019年から首都圏局に所属し遊軍担当。2016年に長男を、2019年に次男を出産。保育や介護など生活者の視点を大切にした取材を多く手がける。


平塚雄太さん 毎日新聞デジタル報道グループ 記者

妻がスイスに赴任…!「何よりも家族で一緒に暮らしたい」と思い、育休を取得しました。


平塚さん提供。2020年9月、スイス国内旅行で平塚さんの妻撮影

                       私と妻は、2018年に待望の長男が生まれてから2年近く、一緒に暮らしていませんでした。長男が誕生する約半年前に、私が東京から福岡に転勤となり、単身赴任をしていたからです。私は気ままな単身赴任生活でしたが、妻は私がいない間、「ワンオペ」で乳幼児の育児と仕事をこなしていました。

それもあって、研究機関で働く妻から「スイスに赴任するかもしれない」と聞いたときには、自分が育休を取ってスイスで「主夫」をしようとすんなり決めました。海外で、妻が一人で育児と仕事を担うのは大変ですし、何よりも家族で一緒に暮らしたいと思ったのです。 長男が誕生したころから、会社の上司に「いずれは育休を取りたい」と希望を伝えて根回しするとともに、妻のスイス行きが本決まりしてからは、周囲にも「この時期に自分は育休を取って不在になる」と早めに伝えるなど、事前調整を心がけていました。それもあったのか、社内では「せっかくだからいい経験を積んでおいでよ」という温かい反応をもらっていたと感じます。「うらやましい」なんていう声もありました(笑)。 ただ、年配の取材先の反応はだいぶ異なりました。「1年間、育休を取ってスイスに行くことにしました」と伝えると、返ってきたのは「そんなことして大丈夫なのか」「会社にいられるのか」という言葉で、世代による差を感じました。


平塚雄太さん(2024年1月22日、東京都千代田区で川口敦子撮影)

スイスに向かったのは、2020年7月のことでした。元々は4月に行く予定で、単身赴任していた部屋も既に引き払ってしまっていたのですが、新型コロナウイルス感染症の影響でスイスへの入国が厳しくなっていたために出国を延期せざるを得ず、育休取得期間は9ヶ月間に短縮されました。

そうして、ようやくたどり着いたスイス・ジュネーブでの「主夫」生活の一日はこんな感じで、毎日あっという間に過ぎていきました。




平塚さん提供。2021年2月、スイス・ジュネーブ郊外で平塚さんの妻撮影

                                                                   

料理は基本的に私の担当でしたが、スイスは物価が高いことが有名で、できるだけ安い食材を探しました。当初はキュウリとズッキーニも見間違える私ではありましたが、スイスの家にはオーブンが備え付けられており、これを使いこなしてグラタンなど新メニューにも挑戦。毎日料理をすることで、腕は相当上がったのではないかと自負しています(笑)。

何よりも嬉しかったのは、最初は私に慣れない様子だった息子が、私を見てにこっと笑ってくれる場面が増えたこと。夕食後の息子が「ぱぱ、ごはん、おいちかった。ありがとう」と初めて言ってくれたときには、思わず顔がほころびました。育休を取って、本当に良かったと感じています。


平塚雄太さん(2024年1月22日、東京都千代田区で川口敦子撮影)

平塚さんの記事は、下記の回でも読むことができます。 子どもがいるからこそ、生まれたニュースって? (backtothenewsroom.jp)

 

松田尚康さん 岐阜新聞社本社報道部 記者

長男の成長を身近で見守ることができた育休期間は、これまで感じたことがなかった喜びを私にもたらしてくれました。


松田さん提供、一部画像を処理しています。

私と妻は、同じ会社で記者として働いています。そのこともあり、私にとって家事を分担するのは当たり前のことで、育児に関しても「男女平等であるべきだ」と考えていました。

それでも妻の妊娠が判明したとき、妻からは「育休取るよね?」と念を押すかのように聞かれました。きっと不安な思いをさせていたのだと思います。私は「取るよ」と即答しました。

 

ただ、会社ではこれまで男性の育休取得者は1人しかおらず、取得期間も1週間ほどだったと聞いています。そのためでしょうか、上司との人事考課の面談の席で、妻の妊娠と自身の育休取得の意向を伝えたところ、上司は少し驚いた様子でした。

妻が安定期に入ったころ、夫婦でExcelで作成した育休取得計画を上司に提出しました。社内の男性育休取得事例が少ない中、自分自身と妻が不在になる時期を「見える化」することで、上司や同僚が漠然と感じるだろう不安を、できる限り低減したいと自分なりに考えたのです。

育休を取得する時期は、自治体主催のパパママ教室で保健師から助言を受け、夫婦で話し合って決めました。保健師から、「ママ」から「パパ」に日中の育児者が急に変わると、子どもが不安を抱くかもしれないと助言を受け、私と妻で育休に重複期間を設けることにしたのです。

2021年8月に長男が産まれると、私は妻が取得した産後休業と同期間の8週間の育休を取得して10月に復帰、その後2022年3月から2回目の育休に入り、長男が1歳になった8月に再び復帰しました。

1回目の育休は全く余裕がありませんでした。育休に入る前は、空いた時間に自宅で映画を見たり、積んだままの本を読んだり、会社から持ち帰った資料に目を通したりしようともくろんでいたのですが、結局一つもできずに「甘かった」と思いました(笑)。

妻は緊急の帝王切開で長男を出産したため、産後のケアが必要でした。そのため私が主に家事を担ったのですが、1日がほ乳瓶の洗浄や毎食の準備、掃除や洗濯であっという間に過ぎていきます。長男が第一子で、自分が育児に慣れていなかった面もあったとは思いますが「育休中のリスキリングは難しい」と痛感しました。

当時の1日の一例です。 6:30 起床 7:00 朝食の準備、朝食、片付け  8:00 洗濯、洗濯物を干す 9:00 掃除など 11:00 昼食の準備、昼食、片付け 13:30 掃除 14:30 スーパーに買い物 17:00 長男の沐浴 18:00 夕食の準備、夕食、片付け 20:00 洗濯物をたたむなど 21:00 入浴、自由時間 24:00 就寝

2回目の育休は少し余裕が出たことから、長男をベビーカーに乗せて近くの公園を散歩したり、ショッピングモール内を歩いたりして、自分の気分転換も図っていたように覚えています。それでも「これは休みだ」と感じることは一度もありませんでした。 実は育休中、報道実務家フォーラムにもオンラインで参加したのですが、皆さんがスクープを出したという話をされているのに、私は子育てに専念している。「仕事もできないまま、何をやっているんだろう」と少し落ち込みました。その様子を見ていた妻からは「大丈夫?」と聞かれました。よっぽど落ち込んでいたように見えたのかもしれません(苦笑)。

そんなことがありつつも、長男の成長を身近で見守ることができた育休期間は、これまで感じたことがなかった喜びを私にもたらしてくれました。私が復帰後、育児や保育関連の記事を書くようになったきっかけにもなったと思います。


松田尚康さん(松田さん提供)

大賀由貴子さん 岐阜新聞社 記者


妊娠判明当時、私自身には子どもができた喜びと同時に、「今後、記者として重要なポジションを任せてもらえなくなるのではないか」という不安がありました。夫(松田さん)に育休を取るかしきりに念押しをしたのは、「あなただけ今まで通りってわけにはいかないよ。2人で同じ境遇になって一緒に頑張ろうね。頑張ってくれるよね!?」という気持ちからでした。 ところが、いざ育休取得に向けて乗り出すと、私より夫の方が育休を取得するために苦労しているという印象で、2人で決めたとはいえ軽く提案してしまった手前、申し訳なくも思いました。女性である私にとって育休は必然でしたので、性別が違うだけで、男性が育休を取るという選択肢もあるだろう 」と考えていましたが、実際には、女性とは違ったハードルが存在する場合もあるのだと気づきました。

 

私の場合は、産後8週間の間は帝王切開手術後で動き回ることがあまりできず、ほとんど一日中ソファに座っているか寝ているかでした。一方、夫は一日中キッチンに立っているような状態。夫は子どもの夜泣きにも積極的に起きて対応したり、夜間にも私と一緒に起きてミルクの準備をしてくれたりしていたので、寝不足だったと思います。

 

赤ちゃんが何をやっても泣き止まない、ということも往々にしてあり、常時寝不足であることも相まって、そういうときは口論になったこともありました。それでも私たちの場合は、2人で同じぐらいの関与度で育児をしていたので、なんとかお互いに折り合いを付けて乗り越えられたのだと感じています。

 

夫は元々、公私をはっきりと分けるタイプの記者でした。でも育休中に子育ての孤独やしんどさに直面して、家族という私的な領域での出来事が社会の問題に直結していると実体験したことが、復帰後に育児などについての記事を熱心に書くことにつながり、記者としても大きな転機になったようです。


私自身も、妊娠・出産とその後の育休は、眠たくて、体が痛くて、しんどくて、不安で、でもとてもとても幸せな時間でした。それは就職してずっと仕事ばかりしていた自分の人生に急ブレーキをかける価値は十分にある期間でした。


現在は仕事と家庭の両立という次の問題が立ちはだかり、目の前のことで精一杯の日々ですが、大好きな子どもの世話をしながら夫婦共に好きな仕事を続けられていることは有り難いことだと、日々感じています。

 

小田智博さん 共同通信社編集局社会部 記者

育休で「生まれたばかりの子を、女性が一人で育てるのは大変だ」と肌感覚で理解できたのは大きかったです。

小田智博さん(2024年3月25日、東京都港区で川口敦子撮影)

                            

私はフルタイムで働く妻、長男、次男と暮らす記者で、現在は社会部で遊軍を担当しています(取材時:長男9歳、次男6歳)。私が最初に育休を取ったのは10年ほど前で、だいぶいろいろなことを忘れかけているのですが、記憶を掘り起こしてみたいと思います(笑)。

当時の私は長野支局キャップで、2014年の長男誕生時に育児休業を取ろうとしていました。事実上の育休を取る男性社員は当時からいましたが、1カ月に満たないケースがほとんどで、年休を充てるなどしていたようです。私が社に2カ月の育休を取りたいと伝えたところ、当時の両立支援室長から国の制度(育児・介護休業法※)に基づく育児休業を勧められ、利用を決めました。

ところが2014年9月27日、数日後の育休取得に向けて後輩への引き継ぎ事項を整理していたところで、支局の電話が鳴りました。「何か噴火があったみたいなんだけど、ちょっと聞いてみてくれない?」という旧知の社会部デスクからの連絡でした。長野県と岐阜県の境にある御嶽山が噴火したのです。死者・行方不明者は63人に上る戦後最悪の火山災害となり、育休取得は延期されました。その後、山中の捜索活動が降雪のため終了するまでの3週間の記憶はあいまいです。妻が生まれたばかりの長男をおっかなびっくり抱きかかえて新幹線に乗り、実家を頼ることができたのは幸いでした。

御嶽山関連の報道が落ち着きを見せ始めた同年11月、予定より1カ月遅れて、私は育休生活に入りました。快く送り出してくれた支局のメンバーには本当に感謝しています。当時の生活について、もはや細かいことは忘れてしまいましたが、スマートフォンに保存してある当時の写真を見返すと、おむつを替えたり、沐浴させたりしていますね。インターネットで調べて料理を作り、いつも妻が作ってくれるメニューとは違う品ができあがるのは面白かったです。

このときの育休取得期間は結局計1カ月半となり、2017年に次男が誕生した際は1カ月の育休を取りました。私の感覚では、今や、うちの会社の男性記者が1カ月間程度の育休を取るのは「当たり前」という雰囲気で、3カ月間と聞いても特に長いとは思いません。ついこの前、社会部の日勤で久しぶりに会った同僚の男性記者も、まもなく2カ月強の育休に入ると言っていました。

私自身の経験を振り返ると、育休取得によって「生まれたばかりの子どもを、女性が一人で育てるのは大変だ」ということを、肌感覚で理解できたのは大きいと感じます。また「子育ては楽しい」という思いが、子どもの誕生から間もない間にインストールされると、その後も、私と家族の間でその「楽しい」経験が着実に積み上がっていきます。それはなにか数字で表せる種類のものではないのですが、そうした経験はことあるごとに思い返され、子どもの成長に対する感慨もひとしおに感じられるのです。

共働きが当たり前の時代にもなってきた一方で、家事・育児などに使う時間に、男性と女性で格差があることは事実です。今後、一層「男性が家事や育児をやって当たり前」という受け止めが広がっていってほしいと願っています。

(参考)

※「育児・介護休業法」とは  出産・育児等による労働者の離職を防ぎ、希望に応じて男女ともに仕事と育児等を両立できるようにするため、2021年6月に法改正されました。子の出生後8週間以内に4週間まで取得することができる「産後パパ育休」が創設。育児休業を取得しやすい雇用環境整備が企業側に義務付けられ、妊娠・出産の申出をした労働者に対して、個別に制度を周知し、意向を確認する措置も義務付けられました。


小田智博さん(2024年3月25日、東京都港区で川口敦子撮影)


 

氏家寛子さん NHK首都圏局コンテンツセンター 記者 男性の育休取得に関し、職場の制度や社会の雰囲気はすごく変わってきていると、一記者としては感じます。

氏家寛子さん(NHK)

今、ママ記者や育児にちゃんとコミットするパパ記者に加えて、介護や病気などによって勤務に何らかの制約がある人たちが増えていると肌で感じますし、そういう人たちが報道の現場で活躍しやすくなってほしいと思います。視聴者や読者のニーズも多様化しているので、取材する側もそれに対応して、いろんな視点を踏まえたニュースや特集を発信していくことが大切なのではないでしょうか。

 

男性が育休を取ることに関して、職場の制度や社会の雰囲気はすごく変わってきていると、一記者としては感じます。一昔前は、育休を取ろうとする男性は「相当奇特な人」と受け止められたように思いますが、今(2024年)は「え、育休取らないの?」という反応が周囲では多いです。きっと5年後はまたちがうのでしょう。どうか「今の環境では、育休を取得するのは厳しい」と最初から決めないでほしいと願います。きっとなんとかなります。 氏家さんの記事は、下記の回でも読むことができます。 「24時間は働けない…!」「これってマミトラ…?」そんななか、周りの人とどうコミュニケーションをとった? (backtothenewsroom.jp) 料理や洗濯、掃除、子どもの忘れ物管理…膨大な家事を誰が担っている?どう分担している? (backtothenewsroom.jp) 小学校入学とともに訪れるとウワサの「小1の壁」やPTAとの付き合い方。あなたはどうしてる? (backtothenewsroom.jp)

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